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自転車屋のすずめ

 老人は手慣れたものであっというまに前輪タイヤのチューブが外れた。外したチューブにコンプレサーからの空気を入れるとそのまま小さな水槽に浸けて泡の出るところを探している。ブクブクと音はしないがちいさな泡が出る。ああ、そこか。老人はなおもチューブを回してほかにも出るところがないかと探す。っと、また出た。これはちょっと大きそうだ。

 ゴールデンウィークまでもう少しというぐずついた空模様の日、昨夜半からの雨が10時ごろに止んだのでぼくは女房が乗っている自転車のパンクを直してもらいに自転車屋に来ていた。自転車は買ってからもう10年になるだろうか5年ほど前にもパンクしたことがあった。そのときは百均で修理セットを買ってきてぼくが自分で直した。しかし今回は、チューブがもうダメなんじゃないかな、いやタイヤがもういけない気がする、この際専門家に見てもらおう、と思ったのだった。
 自転車屋の主人はもう80を超えているかと見える老人だった。こりゃチューブを交換せにゃいかん、と言う。ぼくは、タイヤごと交換しなくてもいいのですか、と老人に聞いてみた。すると、電動自転車のタイヤは厚いのでまだまだ大丈夫や、チューブだけ換えればいいわ、と老人は言った。チューブの交換は、ちょっと考えれば、いや考えなくてもわかることだが、タイヤごとそっくりフレームから外す必要があった。少々時間が掛かる。さっきまで老人がすわっていたイスにかけて作業が終るのを待つことにした。

 硝子戸の中から外を見ていると脇の地面へすずめが一羽下りてきて何か白いものをついばむ。パンくずのようだ。嘴にくわえて飛んでいきまたすぐにやってきてパンくずをくわえて飛び立つ。という行動を繰り返す。そのうち別の一羽が加わった。パンくずは“くず”と言うには大きい。ちぎった食パンのようだが偶然そこに落ちていたのではなくてわざと置いたものだろう。ここの老人の仕業にちがいないと思った。

 すずめが来ていますね。
 子育中なんや。

 なにかくわえて飛んでいきますよ。

 パンや、こどもにやるエサ。

 ご主人がパンを。

 そうや、すずめは今月しか子育てせんがや。

 へぇ、そうなんですか。

 ほかの月には子育てせんもんや。

すずめは毎年来るのだろう。まるで自分がすずめを飼ってでもいるような口ぶりだった。あるいは毎年楽しみにしているのだろう。

 修理が終わって自転車を店の外に出すと雲空が来たときより少し明るい気がする。用心にと持って来た傘を前のバスケットに刺すように入れると来るときは押してきた自転車に帰りは乗って帰った。なるほど電動自転車というものは楽だ。アスファルトの路面はすっかり乾いていた。 2026年5月24日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)



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